虚数の話(1)
ひょんなことから、数学を専門としない人々に虚数の話をしなければならないらしい。面白いことになりそうだと思ってもらえるのはいいことだが、はっきり言って自分の好きなことを他人に紹介して「面白い」と思ってもらうのは非常に難しい。それでもやってみるしかない。
今から虚数の話をする。
前置き
数学が何の役にたつかなんて一旦考えちゃいけない。教養というのはそういうものだ。何の意味もないかもしれないが、あなたの目の前に現れたその瞬間から、ほんの少しだけ、あなたの人生を豊かにするもの、それが教養だ。
虚数の話なんてしても、分からないかもしれないし、意味も感じないかもしれない。それでもするのは、これを読んでいるあなたが、僕と同じように、虚数のことを知って「なんでこれはこんなに面白いんだ!」と取り憑かれてしまう可能性が、少しでもあるからだ。それが今すぐである必要はない。なんならあなたから話を聞いた誰かが面白がるかもしれない。そういうギリギリな話だ。
それでは始めよう。
虚数の話(1)
マイナスは半回転。
多分中学一年生の数学で最初に習うのは「正の数」「負の数」というやつじゃないだろうか。
平たく言えば、それは
プラスの数\((1, 2, 3, 4, ...)\)
と
マイナスの数\((-1, -2, -3, -4, ...)\)
を同じ土俵で扱うための話だった。
すごく大雑把に言うと、虚数というものを考えようとするモチベーションはマイナスの数を考えようとするモチベーションと似ている。
では、どうしてマイナスの数の話が始まったか、整理してみよう。
別に、小学校までマイナスの数がなかったわけだが、そこまで困るわけじゃない。
「\(5\)mのロープから\(3\)mのロープを作ったら、残りは\(2\)mになる。」
みたいに
目の前に見えるものをただ数字にしようと思ったら、大体のものはマイナスにはならない
借用証書だって\(-100\)万円とは書いてない。\(100\)万円を貸しました、借りました、と書いてあるはずだ。
でもマイナスの数は、考え方を整理することができる。
例えば\(100\)万円の借用証書が\(3\)枚あって、現金が\(150\)万円あって、口座に\(400\)万円あって、みたいなことを、プラスの数だけで扱うのは面倒だ。多分エクセルでも使って、
$$
-100\\
-100\\
-100\\
150\\
400
$$
なんて入力をして、全部足してしまうのが簡単だろう。
\(100\)と\(-100\)の本質的な違いは何か。
二つの差が\(200\)万円だということはここではあまり重要ではない。
どっちも\(100\)で表されているのだ。
重要なのは
\(-\)(マイナス)
これ。
向きが逆なんだよ
\(100\)万円の借金 ← \(0\)円(一文無し)→ \(100\)万円の預金
つまりマイナスの発明というのは、数直線の発明とすら言えるだろう。
数は一方向に伸びているものではなく、右と左の二方向に伸びているものだったのだ(爆)。
$$..., -4, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, 4, ...$$
こうして私たちは、どんな数にも、\(-1\)倍して左向きにすることが許された。どっこいしょ!
どんなに右にあった数も、(例えば\(10000\)とか)
\(-1\)倍すれば、
$$10000\times(-1) = -10000$$(めっちゃ左!)
それからこれも大事なことだが、
二回マイナスを掛けると、プラスになる。
なぜか。答えは実は単純で、マイナスというのは立場を逆転することなので、
二回逆転したら元に戻ってしまうからだ。試しにさっきと逆向きに数直線を書いてみよう。
$$..., 4, 3, 2, 1, 0, -1, -2, -3, -4, ...$$
こんな書き方したら先生には怒られるが、別に間違ってはいない。
さっき左にいた\(-10000\)は今右にいる。
\(-1\)倍したら? そりゃあ左に行きますよ。どっこいしょ!
$$-10000\times (-1) = 10000$$
というわけで\({\bf -1}\)倍の本質は\({\bf 180}\)度回転にあった。
四半回転する数。
いきなり結論から入るが、\({\bf 90}\)度回転する数を考えると、我々は虚数に出会える。
何言いってんだこいつと思うかもしれないが、少し我慢してほしい。
例えば次の数を考えてみよう
$$-1, 1, -1, 1, -1, ...$$
この後ひたすら\(1\)と\(-1\)が交互に続く。さて、この時\(n\)番目にくる数を一つの式で掛けるだろうか?
もちろん奇数番目の数が\(-1\)で、偶数番目の数が\(1\)だ。問題はその奇数、偶数というのをどう表すかだ。この数は数直線で見ると、右と左を行ったり来たりしている。要は半回転を永久に繰り返している。もう一度言い換えると、\({\bf -1}\)倍を繰り返している。\({\bf (-1)^n}\)と書ける。
\begin{align}
(-1)&=-1\\
(-1)\times(-1)&=1\\
(-1)\times(-1)\times(-1)&=-1\\
(-1)\times(-1)\times(-1)\times(-1)&=1\\
...
\end{align}
では、\(1, ? , -1, ? , 1, ? , -1, ?, 1, ...\)
となるような謎の数(?)はあるのだろうか。実はある。\(i\)(アルファベットのアイの小文字)を使って表すことになっている。これはimaginary number(虚数)の頭文字から来ている。数学的には虚数単位という名前が付いている。絵に描くと、
こういう感じだ。このiは掛けるごとに数を\(90^\circ\)回転させる性質をもつ。
\(i\)という数(数なのか?)を特徴付ける性質は一つしかなくて、それは
$$i^2= -1$$
という式にまとめられる。今、上の図では\(-1\)の次の場所、\(0\)の真下の部分が空白になっているが、それはどう描かれるのか。\(1\)に\(i\)を掛けると\(i\), \(i\)に\(i\)を掛けると\(-1\), では\(-1\)に\(i\)を掛けると\(-i\)のはずだ。それもそのはず、上に伸びれば\(i\)なのだから、下に行くには(どっこいしょ!)\(-1\)を掛ければいい。
ところで
$$i^n$$
という式を考えてみよう。\(n\)に\(1, 2, 3, 4, 5, ...\)と代入すれば
$$i, -1, -i, 1, i, -1, -i, 1, ...$$
という、当初得たかった数の列が現れる。
\(i\)はひとりぼっちのよくわからない数なのか?そんなことはない。\(i\)を掛ければどんな数も四半回転する。\(2\)も\(3\)もお手の物だ。みんな回転する。
\begin{align}
3 &= 3\\
3\times i &= 3i\\
3i\times i &= -3\\
-3\times i &= -3i\\
-3i\times i &= 3\\
...
\end{align}
\(i, 2i, 3i\)と並んだ数を見て、なんだか上下に伸びる\(i\)にまつわる数直線が見えて来たと思う。これはこれで足し算や掛け算が成立している世界だ。この、左右に伸びる数直線からはみ出てしまった数たちのことを虚数と呼ぶ。計算してみよう。
\begin{align}
i + i &= 2i\\
3i - 5i &= -2i\\
i\times (-7) &= -7i\\
\end{align}
そんな感じ。
虚数の意味
そんなことしてどうする?なんて聞くのは実はあんまり意味がない。僕らはマイナスの数をただ便利だから導入した。もともと一方向に伸びていた数の世界を反対方向に拡張した。それを今度は上下にも伸ばしてみようか、とそれだけだ。\(i\)の性質は二乗して\(-1\)になる数ということだが、すでにこの性質を満たす数はいわゆるそれまで習った普通の数(実数)の中には存在しない。そのくらい実数というものは制限のある世界だとも言える。それで済む時もあるし、済まない時もある。重要なのは、\(i\)という数を導入してもこの世界は混乱には陥らないところだ。例えば私が「\(2\)乗したら\(-1\)になるけど\(5\)乗したら\(1\)になる数」なんてものを導入したら大変なことになる。それはいけない。しかし\({\bf i}\)はこの世界にすっと馴染んでくる。まるで最初から存在していたかのように。
マイナスの数も同じだったはずだ。そんな数昔は存在しないと思われていたが、一旦馴染んで見たらある種の数をマイナスで表現するのは当たり前になる。
虚数もそのうちそうなる。きっと馴染んでくる。それまで今しばらくお付き合い願いたい。
まとめ
- \(-1\)倍は数を反対方向に持って行く。(\(180^\circ\)回転)
- \(i\)倍は数を\(90^\circ\)回転させる。\(i\)を虚数単位という。
- 左右に伸びる数直線以外にも数はある。それが虚数!虚数は、ありまーす!
練習問題
- \(i\)の\(100\)乗を計算してください。
- 「\(2\)乗したら\(-1\)になるけど\(5\)乗したら\(1\)になる数」なんてものが存在してはいけない理由として、もしそんな数(仮に\(X\)としましょう)が存在すると\(1 = 0\)が証明できます。やって見てください。
- \(1\)を\(i\)で割った答えを考えてください。