虚数の話(2)
虚数の話(2)
複素数(ふくそすう)の世界
これまで、足し算や掛け算をするときに、
$$2 + 4i$$
とか
$$(1 + i) × i$$
みたいな計算は出てこないようにしてきた。
何しろ\({\bf i}\)というのもさっき出会ったばかりの存在の人にとっては
$$2 + 4i$$
「誰だよ、お前?」そう言われても仕方ない。
確かに、そうだ。こいつは誰なんだ。ていうか足したら何になるんだ?お前は。
足し算というのは基本的に同じ世界の住人同士を足し合わせるもので、他の世界の住人(実数とiの仲間(純虚数と言います))を足し合わせるには、新しいルールが必要だ。
\(4i\)自体はそんなに悩まなくていい。\(i + i + i + i\)というのを簡単に\(4i\)と書いているだけだ。\(1 + 1 + 1 = 3\)というのと大差ない。でも\(2\)と\(4\)はまさに別次元の存在なのだ。方向が違うんだから。
ただ、計算としては
$$(2 + 4i) × i = 2 × i + 4i × i$$
というのが成り立ってほしい。掛け算と足し算が両方使える世界になるためには大事な法則(分配法則と言います)だ。
それにはいい方法がある。
まず、\(2\)とか\(4i\)とかを、そこまで辿り着くための矢印だと思いねえ。そして、右に\(2\)、とか、上に\(4\)、という移動になった二つを順に行う。
そうやって辿り着いた点のことを \(2 + 4i\) と呼ぶ事にしよう。この決め方には二ついいところがある。
一つは、先に右に行っても、先に上に行っても辿り着く先は一緒なので、
$$2 + 4i = 4i + 2$$
という風に足し算が入れ替え可能になることだ。(交換法則)
そして、もう一つ、これが非常に重要なのだが、この足し算の仕方なら\({\bf (2 + 4i) × i}\)はちゃんと\({\bf 2 + 4i}\) を\({\bf 90}\)度回転させる。いや\(90\)度だけじゃない。全ての回転移動を保存しているのだ。
どうしてだろうか?ちょっと頭の体操っぽい事をしてみよう。
あるところにたかし君とお兄さんがいました。二人は今、まっすぐ北を向いています。
たかし君はそのまま右に\({\bf 2 }\)m進み、前に\({\bf4}\)m進みました。お兄さんから見ると、たかし君は前方から右に\({\bf 30^\circ}\)の視線の延長線上にいます。
もう一度、同じことをします。ただし、北に向いていたはずの二人は目隠しをされている間に虚数おじさんイマジンに\({\bf 90^\circ }\)左へ向けられてしまいました。今、二人はまっすぐ西へ向いています。
そうとも知らず、やはりたかし君は右に\({\bf 2 }\)m進み、続けて前に\({\bf4}\)m進みました。お兄さんは変わらず前方から右に\({\bf 30^\circ}\)の視線の延長線上にたかし君を観測しました。
さて、状況を整理しよう。この話のポイントは、右や前といった移動(単なる\(2\)とか\(4i\)とか)が\(90^\circ\)回転された時に、その行った先\({\bf (2 + 4i)}\)の見え方(角度)もやはり\(90^\circ\)回転しているということだ。だからこそ、お兄さんは\(90^\circ\)回転した後も、前方右\(30^\circ\)にたかし君を見ることができた。
このことを図にしてみよう。
たかし君のした移動は、
$$2 → 2 \times i = 2i\\
4i → 4i \times i = -4$$
という風に前半と後半で\(90^\circ\)回転している。これは今までにすでに確認したことだ。白い丸は、たかし君が移動した後の点を表している。そして白丸まで伸びた原点からの線はお兄さんのたかし君に向けた視線だが、それ自体が\({\bf 90^\circ}\)回転しているのが確認できるだろうか。なぜならさっきたかし君とお兄さんが体を張って証明したように、\({\bf 90^\circ}\)回転は個別の移動、移動した結果、結果の見え方、その全てを\({\bf 90^\circ}\)回転してしまうからだ。
そして虚数おじさんイマジンの加減次第では、どんな角度の回転であっても同じことが起こることが分かるだろう。
素晴らしい!\({\bf i}\)倍はこの世の全てを\({\bf 90^\circ}\)回転する。\(2 + 4i\) だろうが\(-3 + i\) だろうが \(3 - 5i\)だろうが、この平面に広がった数全て、いや、平面自体を\({\bf 90^\circ}\)回転するのだ。
ところで\({\bf 2 + 4i}\)は\({\bf +}\)を使わないで表わせないのか?ケチなこと言っちゃいけない。\({\bf 2 + 4i}\)だって立派な一つの数だ。第一、いちいち\(2 + 4i \)とか\(3 + 2i\)とかに一つ一つ記号を用意してたらキリがない。二つの要素があってこその平面座標なのだ。それが二次元というものだよ。
かくして、\(a + bi\)という形の足し算が、定義された。この形をしたものを複素数と言う。英語でcomplex number、意味としては複数の要素が合わさったもの、という事。要は縦軸と横軸の数を合わせたものである。出来上がった平面座標をガウス平面とか複素平面という。
ここで言葉を整理しよう。
実数(じっすう): 数直線(横軸)に乗っている普通の数。\(0, 1, -254, \frac{3}{4}, \pi, \sqrt{2}\)などなど。
虚数単位(きょすうたんい): \(i\) のこと。
純虚数(じゅんきょすう): \(i\)の定数倍。つまり\(i \times (実数)\)の形のもの。(縦軸に乗っている)
複素数(ふくそすう): 上の全てを含めた、\(a + bi\)の形のもの全て。(平面全体)
虚数(きょすう): 複素数のうち、実数でないもの。(横軸以外全部)
拡大された世界
みなさんが虚数と聞いて思い浮かべるものは、多分、虚数単位である\(i\)のことが多いと思う。それなのに\(i\)以外の色々がひっついてきて面倒だとお思いかもしれない。しかし、数学において大事なのは新しい概念をくっつけることそれ自体よりも、新しい概念を付け足した結果、整合性が取れるように拡張された世界なのだ。実数の世界に\(i\)を足しただけでは世界はまだ歪みが大きい。今回のように\(1\)と\(i\)を足そうとしただけでお手上げだ。最低限、実数の世界で成り立っていた計算がそれぞれ\({\bf i}\)に対しても成り立つべきだろう。今回はそのうち、足し算と掛け算が可能になった。それだけで世界にとっては見たことない景色(複素平面)を出現させるきっかけとなった。数学の言葉では今回の例を(実数体に対して)拡大体とか言ったりする(詳しい話はめっちゃ面倒なので省略しました)。\(i\)を足したら自動的に現れる世界。一滴の水で波紋のように広がる概念。一度見えると、最初から存在したかのようにピタリと嵌るピース。
よくあることだが、一度整備してしまうと話がうまく行き過ぎて、理解しなくても計算だけはできてしまうということがある。複素数の計算なんてのはその例だと思う。二乗したら-1になるっていう規則だけであとは勘でやった計算があってたりする。それでもいいと思う。どうしてうまくいくか分からないくらい美しい仕組みなんて現代では褒め言葉ではないだろうか。もっとも、仕組みがわかった時の喜びが好きで数学やってるところはあるけど。
まとめ
練習問題
かんたん
1. \(\omega = \frac{-1 + \sqrt{3}i}{2}\)とします。\(\omega\)を複素平面の上に書いてください。
2.\(\omega\)の二乗を計算して、複素平面の上に書いてください。
3.\(\omega\)の三乗を計算して、複素平面の上に書いてください。正三角形ができましたか?
ふつう
4. \(a + bi\)の逆元は何ですか。\(c + di\)の形で答えてください。ただし、\(a, b, c, d\)はそれぞれ実数、\(a + bi \neq 0\)です。
5. 三次方程式 \(x^3 = 1\) を解いてください。解は三つあります。
6. 掛けると\(120^\circ\)回転する数\(\omega\)を実数に付け加えて\((1, \omega)\)平面を作ってください。そこに、\(2+4i\)を\(\omega\)で表して書き込んでください。
ちょっとたいへん
7. 次の三項間漸化式を解いてください。
$$
a_0 = 1\\
a_1 = 1\\
a_{n+2} = - a_{n+1} - a_n (n \geq 0)\\
$$
8. \(x = a + b\omega\) (\(a, b\)は実数)に対して\(f(x)\)を
$$f(x) = a + b\omega^2$$
で定義します。複素数\(z\)が\(n\)次方程式
$$a_nx^n + a_{n-1}x^{n-1} + ... + a_1x + a_0 = 0 (a_iは実数)$$
の解である時、\(f(z)\)も解であることを示してください。